その日の朝は、普段のように記者クラブに出勤するのではなく、取材先へ直接向かう予定が入っていた。
 実家を出がけに、テレビでニュースを見た父が「仙台市の最高幹部が…」とわざわざ声を掛けてくれたのに、スルーした。ポケベルが鳴っても、まず取材を終わらせたい気持ちが勝ってしまい、急いで公衆電話を探そうとしなかった。
 ようやく仙台市役所にたどり着いたのは昼近く。3階にあるクラブのドアを押し開けて目が覚めた。狭い上に天井が低く平時から圧迫感のある部屋が、全国から応援に駆け付けた新聞、テレビ各社の記者らであふれかえっていた。
 1993年6月29日。大手ゼネコンからヤミ献金を受け取ったとして、現職の仙台市長が東京地検特捜部に逮捕された。感度の鈍い新人記者が、かばんを置くスペースさえなかった。
 先輩たちはその後、数カ月にわたって関連取材に忙殺された。駆け出しが一人前の戦力として期待されるべくもなく、邪魔にならないだけで十分に合格点だったのかもしれないが、今も後ろめたい感じがする。
 もしやり直せるなら、あの日の朝だろうか。
(報道部次長 佐々木篤)