原稿を読み、懐かしさで胸がいっぱいになった。中学2年の夏休み、あの子と行った、あの古ぼけた…。
 かつて陸前高田市にあった映画館「高田公友館」。その名を冠した居酒屋が、震災で傷ついた市中心部に店を構える。店主の奮闘を追ってきた記者が、開業当日も取材する予定だった。
 ところが、前触れ記事を読んだ人から店主に「思い出深い映画館の名を使ってほしくない」と手紙が届いた。仙台市に避難した被災者だという。開業前日になって店主から「取材は遠慮したい」と連絡が入った。
 「残念だけど仕方ないね」とあっさり諦めたのだが、一線の記者たちは「たとえ記事にできなくても、開業を見届けるべきだ」と粘る。ついには自分たちで店主を説得し、取材許可まで取り付けてしまった。
 どうやら、またやってしまったらしい。
 冷たい視線に耐えつつ、気になったのは手紙の主のことだった。どれほどつらい日々を過ごしているのか、と。いつの日か居酒屋「公友館 俺っ家(ち)」で思い出酒を味わえますように。
 できれば私も、気まずいこの場を即刻逃げ出して独り、思い出に浸りたい。
(盛岡総局長 矢野奨)