広島原爆の日を迎え、5年前にインタビューした広島市の映像作家田辺雅章さん(79)を思い出した。生家は原爆ドーム(広島県産業奨励館)の東隣にあり、両親と弟が被爆死した。
 2日後に疎開先の山口県から戻り、田辺さんも「入市被爆」。7歳だった。「人に言えないこともありました」。筆舌に尽くしがたいその後の人生を思い、次の質問をのみ込んだ。
 取材当時、コンピューターグラフィックス(CG)で爆心地周辺の復元に取り組んでいた田辺さんだが、実は「早く倒壊してしまえばいい」とドームに背を向け、入市被爆したことも誰にも語らなかった。
 転機は還暦。「生き残った者の責務」として被爆者の証言などを基に原爆の惨状を描いた記録映画を制作してきた。心の整理が付くまで実に半世紀。6年5カ月となる東日本大震災の被災地でも心の整理が付かない人は大勢いるはずだ。
 国によると、被爆者健康手帳を持つ人は16万4621人(3月末現在)。震災の避難者は8万9751人(7月14日現在)。「戦後」「災後」と軽々に呼べない現在進行形の不条理の世界に生きる人がいる。
(報道部次長 山崎敦)