新米記者のころ、岩手県の農協組織トップに「農協とは何か」について教えを請うたことがある。氏いわく。「1人の100歩より、100人の1歩。これが協同組合運動だ」
 含蓄のある言い回しで、いろいろな解釈ができる。
 目的に向かって、みんなで手を携え、脱落者を出さず一歩でも二歩でも前に進む。団結し、助け合って等しく何かを得る運動体が協同組合か、と独り合点した思い出がある。血が通ったような安心感も抱いた。
 安倍政権が農協改革を叫ぶようになってから、この時の教えをよく思い出す。
 農家組合員のため、生産資材を安く仕入れコストを減らし、一方で農産物は高く売って所得を増やす。そんな原点に返れと政権は言う。大切なことだ。だが、もうけだけを追求するのなら協同組合ではあるまい。
 資本主義に競争は付き物だ。「1人の100歩」はその勝者とともに格差を象徴する。その競争社会に連帯、共助を理念とする組織体がなぜ存在するのか。格差や貧困の温床・グローバリゼーションが進めば進むほど、その存在意義がかえって高まるのではないか、そう思えてならない。(論説副委員長 佐々木恵寿)