戦前から長らく活躍した写真家の故木村伊兵衛は、スナップショットに味わいのある作品を残した。特にポートレートや街の風景で妙技が際立つ。大げさでなく、被写体から息遣いさえ伝わってくるほど。
 毎週日曜の『里浜写景』の取材で青森県外ケ浜町を訪れた時のこと。スルメイカ漁を撮ろうかと思った。思い描いた絵柄は何枚か撮れたが、出来がどうにもいまひとつ。当たり前というか、通り一遍というか。
 なぜだろう? 気落ちして、港周辺をぶらついた。カモメが悠々と飛ぶのを眺めてみる。食堂に入って焼きイカを食べてみる。宿屋のおかみさんと雑談してみる。そのうちに「いい街だなあ」と感じてきた。
 撮影をやり直したのは言うまでもない。同じ被写体なのになぜか違って見え、ショットの微妙なずれも修正できたようだった。
 木村はこんな言葉を残している。「写真とは『いい被写体が来た!!』と思ってからカメラを向けてももう遅い。その場の空気に自分が溶け込めば、2、3秒前に来るのが分かる」
 街になじむ-。スナップの神髄がほの見えたような気がした。
(写真部次長 長南康一)