なぜ、そこに出掛けたのか、よく覚えていない。
 1978年10月4日、神宮球場。プロ野球セ・リーグのヤクルトが中日を破り、球団創設29年目で初優勝を決めた試合だ。高校の同級生と、右翼席にいた。
 ひいきの球団ではなかった。放課後、話をしているうちに盛り上がり、勢いで駆け付けた。恐らく、そんなところだろう。
 試合終了の瞬間は鮮明に覚えている。一死一塁、「4-6-3」の併殺。二塁ゴロをさばいたのが、先日67歳で亡くなったデーブ・ヒルトンさんだった。
 常に全力でプレーし、背中をかがめた独特の打撃フォームで快打を放った。彼の活躍なくしてセ・リーグ制覇と日本一はなかった。
 その年の春、ヤクルトファンでジャズ喫茶を営んでいた29歳の男性が神宮球場の外野席にいた。初回、先頭打者のヒルトンさんが二塁打を打った瞬間、彼、村上春樹さんは小説を書くことを思い立った。
 なぜ、そのタイミングだったのか、本人も分からないという。ただ、その時、ヒルトンさんがいなかったら、今や世界的に知られる作家としての村上さんはいなかったかもしれない。
(秋田総局長 宮川宏)