新党の希望の党旋風とその失速に話題をさらわれた衆院選が幕を閉じた。解散風がそよぎ始めた9月中旬からこの間、宮城県庁の記者クラブに詰める「県政取材班」が前線基地の「衆院選取材班」を担った。
 普段の7人に、他の取材班からの応援3人を加えて総勢10人。連日連夜の鉄火場からそれぞれデーリーの取材に戻り、ほっと一息ついていることだろう。
 2014年の春、県政取材班のキャップを命じられた。その年は大型選挙の予定がなく、残念に思っていたら11月中旬、にわかに解散風が吹きだした。
 念願の大型選挙を経験する興奮とともに、取材班を率いる重圧に襲われた。全身がしびれるような感覚を味わい「これが武者震いというやつか」と気付いた。
 あの時も応援を3人もらい、10人で乗り切った。投開票日の12月14日。朝刊作業が一段落した未明の本社会議室で、立ちくらみがしたのを周囲に悟られないよう必死だった。年末に風邪をひき、年が明けてもなかなか治らなかった。
 そして今回。思い出話は極力控えたつもりだが、他のデスク陣に迷惑でなかったか気掛かりだ。(報道部次長 佐々木篤)