昨年12月、サッカーの2018年ワールドカップ(W杯)ロシア大会の組み合わせ抽選会の中継を見て、昔の記憶がよみがえった。韓国・釜山であった02年W杯日韓大会の抽選会。宮城が開催地の一つで、仙台が出場国イタリアのキャンプ地になるかが注目されており、現地で取材した。
 往年のスター選手の登場やイベントで華やかな会場内とは対照的に、外は2機のヘリがサーチライトをつけながら旋回する厳重な警備ぶり。物々しい雰囲気を把握したのは会場前にタクシーで着いた時だった。
 急な訪韓で取材許可証がなく、宮城の大会関係者から「欠席者の入場券がある」と聞いて駆け付けたところ、警備員に囲まれた。とっさに、責任者ふうの男性に「日本の開催地から来た。同行者が玄関前で待っている」と英語で叫ぶと通してくれ、入場できた。
 玄関は閉鎖間際。もし間に合わなかったら…。外には銃を構える兵士がいた。でも、それ以上に思い出深いのは、当時の藤井黎仙台市長(故人)の笑顔。抽選の結果、イタリアの仙台キャンプが有力(後に決定)となり「市民が喜ぶ」とうれしそうだった。
(スポーツ部次長 薄葉茂)