街歩きに格好の季節。時折、浅田次郎さんの長編「壬生義士伝」(文春文庫)をポケットに突っ込んで職場を抜け出す。
 壮絶な家族愛の物語だが、読み進むと盛岡の街そのものも主人公であったと気付かされる。
 盛岡八幡の宵宮、貫一郎は肴町の人混みにしづを見つける。思わず袖を引いて下ノ橋から中津川原に駆け降りた。ススキがなびく桜馬場で、男子畢生(ひっせい)の願いを申し出る。「わしと夫婦(めおと)になってくだんせ」
 幼いしづと初めて出会った百日紅(さるすべり)咲く正覚寺。二駄二人扶持(ぶち)の所帯を持った上田組丁。貫一郎と、150年前の盛岡を歩くのだ。
 毎年春になると、貫一郎は藩校の子どもたちを伴って岩山へ登った。城下を一望し、こう言い聞かせるのが常だった。
 「盛岡の桜は石ば割って咲ぐ。おぬしらもぬくぬくと春ば来るのを待つでねえぞ。南部の武士ならば、みごと石ば割って咲げ」
 確かに昨年は、石割桜が開花した日の夕方から雪になった。冬と春のはざまで、開いた花が氷の粒をまとって震えていた。
 震災の後は殊更、貫一郎の鼓舞する声が心に響く。
(盛岡総局長 矢野奨)