あった。ナミエボウル。国道6号を北側から福島県浪江町に入る。屋根に大きなピンの模型が目印の小さなボウリング場だ。これが見えると「浪江に来たな」という感覚だった。
 この4月、生まれ故郷でもある南相馬市原町区の支局に赴任した。直後から取材で浪江通いが続く。
 昭和の時代にプレーしたこともあるナミエボウルが視界に入ると往事を思い出す。が、今の町の状況はまるで違う。
 東京電力福島第1原発事故の影響による避難指示が昨春、帰還困難区域を除いて解除された。町の登録人口は約1万8000。うち町内に暮らすのは516人だ。住民帰還がはかどらず、「町のこし」の復興へと苦闘が続く。
 原発事故から丸7年の状況を目の当たりにすると、まだまだ覆い隠されてはならない深刻な事象を掘り下げなければと身震いする。
 震災と原発事故の影響でナミエボウルも閉場した。ピンの割れる快音と歓声はもう7年、聞こえない。
 「いつかきっと!」
 入り口玄関のガラス戸越しにそう走り書きされたTシャツが掛かっている。その思いを心から願う。
(南相馬支局長 佐藤英博)