明治時代に諸外国との不平等条約の解消に尽力した外相陸奥宗光。陸奥が仙台の地で幽囚の身となっていたことを最近まで知らなかった。
 西南戦争に乗じて政府転覆を企てたとして投獄され、宮城集治監(現宮城刑務所)にいた。後に外相の陸奥を官僚として支える原敬が記者時代に訪れた際、初めて陸奥を見たという逸話が残る。
 集治監は、仙台藩祖伊達政宗が晩年暮らした若林城跡に建てられた。その遺物の一つが臥龍梅(がりょうばい)だ。政宗が朝鮮出兵の際に持ち帰ったものと伝わり、現在は2代目。陸奥は紀州伊達氏の出で、伊達小次郎と名乗った時期もある。政宗ゆかりの梅が咲く、同族の城跡に収監された境遇をどう思っていたのだろうか。
 いま刑務所敷地にある臥龍梅は一般公開されていない。毎年11月の矯正展の際に見学できるが、開花期の公開はなかった。それが昨年春、初めて近隣住民に公開された。刑務所によると、今春の公開は未定という。遅咲きの臥龍梅の花付きはもう少し先。陸奥も見たかもしれない「伊達な花」を間近でめでてみたい。(2017・2・20)