仙台藩祖伊達政宗は、参勤交代の制度化以前から江戸には度々出府している。最後となった1636(寛永13)年4月の参勤は、病を押して先を急いだとされる。諸大名中、長老格の政宗であっても幕府の命には背けなかった。
 翌月、国元を遠く離れた江戸の外桜田上屋敷で病死した。関ケ原の戦いの翌年、家康から与えられた屋敷が臨終の地となった。そこは現在、千代田区の日比谷公園となり、都民憩いの場所である。
 仙台市が『東京に残る伊達政宗公ゆかりの地巡り』と題したパンフレットを作成し、市内の図書館や東京の関係機関で配布している。屋敷や神社、堀など9カ所を紹介。町歩きのガイドになる。
 港区東新橋の別の上屋敷跡地は今、汐留タワー。当時、浜を埋め立てして拡充し、船が入る堀などがあった。幕府からは都心を流れる神田川の開削も請け負い、「仙台堀」の名で親しまれていた。
 大都市・江戸の基盤づくりに役割を果たした仙台藩。今に至る中央と地方の関係が東京の風景の中にある。仙台のもう一つの歴史が隠れているようでもある。(2017・3・6)