野球選手は男子が憧れる職業の定番だ。とはいえ、かなえられるのは一握り。野球少年の多くは夢を見切り、現実を歩む。では、仙台市出身の色川冬馬(とうま)さん(27)の歩みを知ったらどうだろう。
 高校は甲子園出場の実績がない宮城・聖和学園。進んだ仙台大野球部は1年の夏で退部。在学中に大リーガーを目指して渡米するも、独立リーグ止まり。それでもプエルトリコやメキシコなど5カ国で、内野手としてグランドに立った。
 23歳で引退し、指導者に転身。イランやパキスタン、香港では代表監督まで務めるなど、新たな才能を開花させた。
 「こういう選択肢もあることを子どもたちに知ってほしい」。今月、拠点を仙台に戻し、今度は野球などスポーツを通じた子どもの国際交流を事業化しようと、地元旅行業者と構想を練る。
 定石からも王道からも外れた野球人生。色川さんは波瀾(はらん)万丈な半生記の出版や講演にも意欲を燃やす。理由の一つが古里で相次ぐ子どものいじめ自殺だ。「みんなと同じでないのが強みだと思える時がきっと来る。それを伝えたい」