晩秋になると、仙台近郊の自宅のベランダで干し柿を作る。皮をむいた柿が、だいだい色から濃いあめ色に変わり、日に日に甘みを増していくのが楽しい。
 山形に住む親戚が高齢で、高所作業の柿もぎができなくなり、ボランティアを兼ねてもらいに行く。のどかな集落の畑には、実をたわわに残したままの柿の木が目立つ。哀愁のある風景だが、事情は同様。農村の高齢化の象徴になった。
 「柿もぎ隊」。大崎市松山の住民有志の「松山風土研究会」が柿もぎボランティアを呼び掛けて約20年になる。今年も30人を募り、11月3日に収穫を行う。
 「元々は柿の実、軒先の干し柿がある町の景観を守る活動だったが、今は木が邪魔者として切られ、干し柿の食習慣も薄れた」と代表の佐藤厚さん(60)。柿もぎ隊は、持ち主の農家を手助けし、農村文化である干し柿作りも体験する。
 収穫した実は半分が持ち主、残り半分が参加者の土産。「地元や仙台などから家族連れ、定年退職世代が駆け付けてくれて心強い」と今年も期待する。連絡先は氏家さん0229(55)2514。(2017・10・28)