茶道に一わんの濃茶(こいちゃ)を全員で分かち合う作法がある。一説には茶人の千利休が、赤ワインを入れた杯を回して飲むキリスト教のミサからヒントを得た、とも伝えられている。「一座建立」-。場の一体感を高めるためだったという。
 先週末、なじみの喫茶店の常連客たちと仙台市の広瀬川の河原で開いた、芋煮会に通じるものがあった。大小の石を積み上げてかまど造りから始め、火をおこして薪を燃やす。強風にみんなが身を寄せ合い、温かい鍋を囲んで食べると、連帯感が高まるから不思議だ。「同じ釜の飯を食う」とはこのことなのだろう。
 豚肉みそ味が仙台風で、牛肉しょうゆ味が山形風というのが一般的流儀。この日は薄味の仙台風だった。晩秋のすがすがしい外気、間近を流れる川のせせらぎ、木々の紅葉が進んだ遠景…。自然の調味料が鍋に深みを増してくれた。
 利休道歌にこんな一首がある。<茶の湯とはただ湯をわかし茶を点(た)ててのむばかりなることと知るべし>。芋煮も同じことか。味付けにとらわれず、和気あいあいと食べるのが極意に違いない。