明治時代、現在の七十七銀行や仙台商工会議所の頭取、会頭を務めた遠藤敬止(1851~1904年)は、元会津藩士だった。戊辰戦争では鶴ケ城(若松城)に籠城して戦い抜いた。
 1890年、遠藤は城跡を一括保存するため、私財をなげうって払い下げを受け、旧藩主松平家に寄付した。その後、会津若松市に譲渡された名城には、今も多くの観光客が訪れる。
 戊辰150年の今年、会津若松市は記念事業として、城を会場に企画展示、体感型シアター、プロジェクションマッピングなど多彩なイベントを用意した。実行委の杉原卓也さんは「同じ東北で、つながりの深い宮城県の方々もぜひ足を運んで」と呼び掛ける。
 実行委のウェブサイト「会津の先人たち」で、遠藤は「鶴ケ城跡保存の恩人」として紹介されている。戊辰150年のイベントで会津若松を訪れる機会があれば、仙台で東北経済界のリード役を担ったこの会津人にも思いをはせてほしい。ちなみに、鶴ケ城北出丸には彼の顕彰碑がひっそりと立っている。