「芥川賞は『地獄探し』で、直木賞は『楽園探し』」。随筆にこう書いたのは故阿久悠さんだった。純文学と大衆文学の違いを実にうまく表現している。
 小説にとどまらず、現実世界でついに地獄を見た人がいた。太宰治である。
 1935(昭和10)年上半期の第1回芥川賞選考で、太宰は『逆光』『道化の華』が候補に入るも落選する。当時の副賞500円が欲しくてたまらなかったようで、次回に向け選考委員に「(賞が)欲しいのです」と手紙まで送っていた。
 落胆した太宰は「作者目下の生活に厭(いや)な雲ありて」と選評で授賞に疑問を示した選考委員の川端康成を憎んだ。後に「刺す。そうも思った。大悪党だと思った」と反論文を文芸誌に書き、怒りの気持ちを隠さなかった(鵜飼哲夫氏著『芥川賞の謎を解く 全選評完全読破』)。
 今夜、第158回芥川賞・直木賞の選考会と発表がある。芥川賞には仙台向山高出身の木村紅美(くみ)さん(42)や、遠野市出身の若竹千佐子さん(63)の名が挙がっている。地獄と楽園の世界に間もなく足を踏み入れるのだろうか。