なぜかは知らないが、英国の作家には諜報活動の経験者が目立つ。007シリーズのイアン・フレミングや『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』のジョン・ル・カレはなるほどと思わせるが、サマセット・モームやグレアム・グリーンまでと聞くと少々驚き▼その一人、グリーンの『ヒューマン・ファクター』に英国情報部の二重スパイが登場する。どうやら機密が旧ソ連に漏れていると感づいた上層部は、大して調べもせず、ひそかに葬り去ることをたくらむ▼手段は毒による暗殺。ある種のカビが作り出すアフラトキシンという物質が利用された。<ほんのわずかあれば充分なのです。体重1キロにつき、0.0063ミリグラム>。そう医師が持ち掛けて実行した▼マレーシアで殺害された金正男(キムジョンナム)氏にはどんな毒物が使われたのか。秘密工作員の仕業だとしたらスパイ小説も顔負け。と言いたいところだが、透けて見えるのは北朝鮮指導者の異様な憎悪とむき出しの暴力にすぎない▼グリーンの小説のタイトルは「人間的な要素」という意味だろうか。善も悪も含んで。人間というものは良いことをしつつ悪いこともしてしまう-。これはわが日本の作家池波正太郎の言葉。悪いことを続けて極悪まで至ったのでは、何とも救いようがない。(2017.2.17)