海峡を望む島の突端に立つ。対岸に手が届きそうだ。気仙沼市の本土と離島・大島を結ぶ橋は2年後、開通する。構想から既に半世紀。宿願と言えば、陳腐に聞こえるほどの歳月が流れた▼暮らしやすさ。島民が何より欲したのはそれだった。架橋後の地域づくりを考え始めたころ、大津波が島を切り裂いた。ライフラインは寸断。山火事は6日間燃え続けた。頼みの定期航路も一時途絶えて物資が滞った。「やっぱり橋が要る」▼浜の復興と背中合わせで工事が進む命の橋。観光や交流の期待もかかるが、足元を見れば人口減と高齢化は避け難い。小、中学校は本土の学校との統合が検討される。思い描いた未来像とどこか違う▼子どもたちの放課後学習の場「島がっこう」を仲間と開く小野寺隆太さん(35)は言う。「美しい海を守り、次世代に繰り返し伝える。それが今できること」。復興を遂げ車列がにぎわいを運んで来たとしても、失ってはならないものがある。「島にしかない魅力に気付いてほしい」▼市内上空から眺めれば、盛り土の上に公営住宅や水産加工団地が見える。その先に横たわる大島はまさに緑の真珠。住まいと仕事、自然豊かな古里が少しずつ戻りつつある。震災からきょうで6年。足取りに違いはあるけれど、また一歩ずつ。3県全ての被災地がそれぞれの架け橋を渡り切る日まで。(2017.3.11)