幕末のころ、桑名藩(三重県桑名市)の役人渡部勝之助は、飛び地領の越後・柏崎にお役替えとなった。命には背けない。養父母に長男を預け、妻と生後間もない娘を連れての赴任だった。(『幕末転勤傳』)▼一家を引き裂く転勤。家族の絆をつなぐため、勝之助は養父と日記の交換を始める。「役所仕舞いにてもそば売りも参らず、酒も無し」「(妻は)息子に会いたがり、くどき居り申し候」。なじめない暮らし、望郷の思い…▼どの時代にもあっただろう日常の風景だ。ただ、奉公の陰で交わされた日記の文面は、メール以上に重い。読むごとに成長している息子を思い、二重生活に耐えた。今に至る「勤め人社会」の悲哀が垣間見える▼きょうから新年度。意に沿わぬ転勤で不安なスタートを切る人もいるだろう。仕事と家庭の両立支援は企業の務めだ。厚生労働省がまとめた転勤の雇用管理指針は、定期的な面談で社員の事情をくみ取ること、育児や介護の理由があれば免除も考え得ることなどを挙げる。要は、丁寧な気配り▼人生は思い通りにはいかない。勝之助はやがて柏崎で重職を担う存在になる。結局、桑名に戻ることなく生涯を閉じた。家族が支え合って、土地の人々のために尽くした半生。それはそれで幸せだったのではないか。(2017.4.1)