永六輔さんが自著で奈良の墨職人の言葉を紹介している。「煤(すす)を洗い落とすのに、どんな洗剤よりも鶯(うぐいす)の糞(ふん)がいちばんです。その鶯が農薬のせいですっかり減ってしまいました。虫がいないと鳥もいなくなりますからね」(『職人』より)▼墨作りにおいては化学洗剤で代用しようと思えばできなくもないだろう。だが、この職人は手仕事に欠かせない物が失われつつある時代の変化を嘆いている▼東日本大震災は代用できない多くのものを破壊した。その代表例はコミュニティーではないか。宮城県亘理町を構成する旧4町村のうち亘理地区は今年も秋の町民運動会をやらないという。2011年より7年連続で開催見送りを余儀なくされた▼亘理地区は津波浸水域の荒浜、吉田両地区からの移住者が多い。かつて亘理地区で体育協力員を務めた男性(59)は言う。「震災後、地域が新しく生まれ変わった。体育協力員のなり手を探すのも大変なこと。少子高齢化の中、一度やめたものを復活させるなんて無理、無理」▼10、11の両日、東北絆まつりが仙台市内で華やかに開かれた。演じる人が躍動し、見る人は笑顔だった。何よりも街に活気があふれていた。震災で受けた悲しみや苦しみを洗い落としてくれるのは地域が生み出すエネルギーかもしれない。(2017.6.13)