弘前市の知人を訪ねて四季の岩木山を仰いできた。仙台を朝8時台の新幹線でたつと、新青森から在来線で昼前に到着。ゆっくり語って夕方に出れば宵の口に帰仙できる。日帰り行など一昔前は考えられなかった▼東北新幹線がきのう開業から35周年となった。大宮-盛岡間から始まり、2010年に東京-新青森間が全線開業。東北各地や東京との人の交流が時間の壁を超えて広がり、新しい産業を生み、東日本大震災の復興支援の動脈にもなった▼盛岡以北の延伸着工は1991年。当時の北村正〓青森県知事(故人)は実現を訴えた運動の中で、旧大蔵省の役人から侮辱された。「青森までフル規格新幹線建設を認めれば、『昭和の三大バカ査定』だ」。戦艦大和、青函トンネルに続く無駄金になる、と▼「関西あたりは次に何を造ろうかと困っている。この差別が明治以来の中央のやり方だ」と北村さんは憤った。戊辰戦争に敗れ、斗南(となみ)藩(同県上北、下北)に移住を強いられた旧会津藩の末裔(まつえい)。「遠く、遅れた」本州最果ての宿命返上への執念から「開発知事」と呼ばれ、青森延伸は悲願だった▼新幹線が対岸の函館(北海道新幹線)までつながったのは昨年3月。観光客らが津軽海峡をも越えて行き交う風景を、北村さんはどう眺めているだろうか。(2017.6.24) 

(注)〓は哉の「左はらい」がないもの