晴れたり曇ったり、降ったりやんだり。人生とは季節の移ろいに似ていて、妻の死はいわば「老年期として冬に向かって歩き始めた秋の終わり」であったという。入院から24日後。20年前、夫は73歳だった▼当時、気象キャスター、エッセイストとして活躍していた倉嶋厚さんである。子どもがおらず夫婦2人の生活が壊れ、「たまらないほどの喪失感」に襲われた。63キロの体重は47キロへ。うつ病で自殺まで考える。自著『やまない雨はない』は再生までの道のりが壮絶につづられる▼倉嶋さんの訃報に接した。本紙に載った顔写真は11年前撮影でほほ笑んでいた。「冬は木枯らし、時雨(しぐれ)、小春日和を繰り返しながら近づく」と倉嶋さんはかねて言っており、病気を克服した後の穏やかな表情だった▼海軍技術少尉から気象庁入り。1984年に鹿児島地方気象台長を定年退官した翌日、NHK解説委員として「ニュースセンター9時」に登場した。著書によれば番組で「稲妻、稲光と言います。稲が雷光によって実るのは迷信です。コメどころの東北の皆さん、雷にご注意を」と語って興味を持ってもらうよう努めたという▼名文家でもあった。「削る美学」が信条で10の素材を3の枠に収めていた。「明快が一番です」。空から倉嶋さんの声が聞こえる。(2017.8.8)