緑の翼に日の丸を染めた戦闘機が雲海を行く。「太平洋戦争のさなか、叔父の飛行機を夢中で描いた」。古い画用紙の絵を、仙台市の画家渡辺雄彦さん(84)は心の痛みと共に見る▼古里相馬市の国民学校(当時の小学校)では若者の軍事教練が行われ、食糧不足で野菜が育てられ、児童には体罰が日常の、軍隊式教育が仕込まれた。「私も軍国少年で、航空士官学校教官も務めた叔父は英雄だった」▼絵は福島県二本松のある女性に贈られた。「あこがれの叔父と結婚間近の、叔母になる女性へのお祝いだった。でも、悲しい思いをさせた」。戦争末期の1945年2月、叔父は房総半島上空で敵機の大群に突っ込み、火だるまで散った▼戦争から解放された渡辺さんは旧制中学、東北大で大好きな絵をかき続けてプロとなり、今年で60年。来月15日から市内で催す記念展の画集に、叔父の戦闘機の絵を載せた。一人娘と戦後を生き、今も健在の叔母から「ありがとう」と送られてきた。「昔の絵で唯一残った私の原点」▼叔父の死後、相馬の浜では敵の上陸に備え父親らは自爆攻撃の訓練をした。「幼い自分も死を覚悟した。戦争は人間が起こす災害。誰も助けに来ず、誰も幸せにならない。絵の中の叔父もそう思っているはずだ」。きょうは終戦記念日。(2017.8.15)