供え物をして先祖を祭るように、カワウソは捕った魚を並べるという。書物に囲まれて文を書く様になぞらえる「獺祭(だっさい)」の言葉が生まれ、諧謔(かいぎゃく)たっぷりに「獺祭屋主人」と号したのが明治の俳人正岡子規だ。当時はそれほど身近な存在だったのだろう▼38年前、高知県で目撃されたのが最後の確認例とされるカワウソが長崎県の対馬で見つかった。琉球大の研究者らが偶然に動画で姿を捉え、環境省の調査の結果、2匹分のふんもあった▼同省が絶滅種に指定する固有のニホンカワウソが生きていたとすれば奇跡。ふんの分析では大陸の近親種ユーラシアカワウソかもしれぬというが、ならば対岸の韓国から海を渡ったことにもなり、それまた奇跡▼「獺沢(おそざわ)川」の地名が仙台にあり、カワウソはもともと日本中にいた。絶滅させたのは人間。明治以後、毛皮を防寒具に珍重し乱獲した。戦後は川辺の生息地が護岸工事で失われ、農薬で汚され、海辺でも多くがナイロン漁網に掛かり死んだ▼子規の古里愛媛県は、カワウソが県獣。県独自に絶滅危惧種に据え置き、42年前に捕獲例がある宇和島周辺でカメラを据え、情報を募り続ける。同県自然保護課は「対馬からのニュースは心強い」。自然の守り手となった人間の改心を、対馬のカワウソに伝えられたら。(2017.8.19)