1940年から44年にかけて、日本のプロ野球に須田博(すたひろし)という投手がいた。もっとも、本名は別にある。ビクトル・スタルヒン(1916~57年)。実働19年で303勝を挙げ、83完封という不滅の記録を残した▼激動の時代に翻弄(ほんろう)された人だった。9歳の時に、家族とロシア帝国から北海道旭川市へ亡命。36年、巨人軍に入団した。39年にソ連との間でノモンハン事件が起こり、日ソ間の感情が悪化したことなどで理不尽な改名を強いられた。40歳の若さで交通事故で亡くなった▼彼を題材にした小説に、仙北市出身の作家西木正明さん(77)の短編『凍(しば)れる瞳』がある。連合国軍総司令部(GHQ)で働くスタルヒンと、戦犯として処刑された男を巡る物語。88年に『端島(はしま)の女』との2作で直木賞を受賞した▼スタルヒンと言えば、その名が付いた球場がある旭川市がゆかりの地として知られるが、西木さん以外にも秋田との縁がある。彼の墓があるのは横手市雄物川町。妻の実家の寺に眠る▼黒い墓石の上には、白球に見立てた白御影石が置かれている。墓前に手を合わせると、せみ時雨の中、高校野球の中継が聞こえてきた。波乱に満ちた生涯を送った泉下の大投手は、何の憂いもなく白球を追うことのできる今の時代をどう思っているのだろうか。(2017.8.21)