「私は十分に頑張ったと思う」。療養の床に就いていた佐野ハツノさん(68)を訪ねた時、穏やかな笑みがこぼれた。肝臓がん末期の日々を、帰還した福島県飯舘村の家で過ごした。訃報が届いたのは28日▼夫の幸正さん(70)と農家を営んだが、6年前の東京電力福島第1原発事故で避難し、福島市の仮設住宅の管理人になった。心身を弱らせる住民の世話に奔走。自治会長木幡一郎さん(80)らと毎月のお楽しみ会を催し、「までい着」作りの会を始めた▼古い着物を普段着、子ども服に直す伝統の手業だ。本紙の呼び掛けで支援の古着が集まり、主婦有志が縫う「仮設発の特産品」は東京でも販売された。が、心労で体調を崩し、3年目の夏に大腸がんを手術。思わぬ転移があった▼「避難の苦しさはもうたくさん。以前の生活を取り戻したい」と願いを募らせ、改築した家に昨夏から長期宿泊の形で帰還。3月末の避難解除後は隣人と再会を喜び、野菜作りも始めたが、余命は短かった▼40歳の時、村の派遣研修「若妻の翼」でドイツの農家民宿に魅了され、11年前、自ら民宿を開いた。再開は諦めたが、これから「避難中に縁を結んだ人を招き、地元の仲間とにぎやかに集い、楽しく生きたい」と夢見た。原発事故はどれほどの人生を変えてしまったか。(2017.8.31)