読後感を問われて、愛読者の一人としていつもこう言っている。「小津安二郎監督の映画。あれだよ」。味わい深いせりふ、低いカメラ位置からのアングル、周囲の詳細な描写。余韻は『東京物語』『晩春』『秋刀魚の味』に似ている▼今年のノーベル文学賞に決まったカズオ・イシグロさん(62)は5歳で長崎市を離れ、英国で暮らすようになってから、日本の面影をよく小津映画に重ねたという。なるほど、出世作『遠い山なみの光』『浮世の画家』に出てくる日本はおぼろげである。だから余計に「わたし」の語りが浮き立つ▼故郷の喪失、記憶の不確かさはイシグロさんの大きな主題である。芥川賞作家の小野正嗣さんは『浮世-』の解説に書いている。「『語り』が何を語ろうともそこに違和感やズレや亀裂を生じさせてしまう」と。それこそが魅力らしい▼故丸谷才一さん(鶴岡市出身)はこう読み解いた。大英帝国の落日を描いた『日の名残り』を「外国系の作家なので客観的になれた」と評し、文学のグローバル化の良例として挙げている▼古里を追われ、あるいは古き伝統が崩れて途方に暮れる人たちが世界にいる。どう生きていけばいいのか。イシグロ作品に問えばいい。授賞は、はびこる排外主義や性急な技術革新への反論とも受け取れる。(2017.10.7)