「ひどい嵐だったね。野分(のわき)というものかしら。これでは、アメリカの進駐軍もおどろいているだろう」。太宰治が終戦直後、本紙に連載した小説「パンドラの匣(はこ)」の一節。野分は台風の意の古語だ。野を割るような風雨という日本の情趣が根付く▼台風は大正時代の科学用語で、野分に驚いた米国人にも「タイフーン」(台風)が通じる。だが年々、伝統の季節感から外れた怪物に育った。23日未明に本州に上陸した台風21号を、米メディアは「超台風」「地球上で最強の嵐」と報じた▼風速15メートル超の強風域が半径950キロという超大型で、その勢いを保って上陸したのも初めて。東北では前夜から朝まで雨が激しく、晩秋の大嵐に通勤者は混乱した。野分は本来二百十日、二百二十日(9月上旬)ごろの嵐とされるが、古典の常識は通らない▼郡山市で約8万人に避難指示が出され、死者も含めて被害は全国で相次いだ。とりわけ総選挙の投票日に荒天がぶつかり、プロ野球のクライマックスシリーズも直撃した。人間の勝負の場にどんな風を吹かせ、台風は去ったのか▼専門家によれば、巨大台風発生のエネルギー源は温暖化で高いままの海水温。東北の漁業者を嘆かせるイカ、サケ、サンマの不漁にもつながる要因という。怪物を止める手だてはまだない。(2017.10.24)