クレージーキャッツの故谷啓さんは1964年東京五輪の期間中、仕事の合間でも興奮しっ放しだった。特に重量挙げで金メダルを取った三宅義信選手(宮城県村田町出身)の姿に刺激を受けた▼例えば競技で使う滑り止めの白い粉に興味を持ち、小麦粉か片栗粉かを盛った皿を家じゅうに置いた。電話が鳴ると、その白い粉を手に付け、パッとはたき、神経を集中して受話器を取る。はい、モシモシ…。各メンバーを間近で見ていた小松政夫さんが著書『昭和と師弟愛』に書いている▼国全体が沸いた金メダルであることが、谷さんの逸話からよく伝わる。大会第3日(10月12日・渋谷公会堂)、2位米国選手に15キロの大差をつけ世界新で圧勝。「金」第1号。日本全選手にかかる重圧さえも持ち上げた力持ちであった▼本年度の文化功労者として三宅さんが6日、顕彰式に臨む。「驚いている。名誉で光栄」。こう謙遜するものの、五輪のメダル獲得が東京大会を挟みローマ銀、メキシコ金だったことを考えれば当然の選考だろう▼次の東京五輪開幕まで1000日を切った。今、77歳の三宅さんに再び光が注ぐ。大河原高(現大河原商高)時代、自宅の庭でトロッコの車軸を使って練習したのは語り草である。後輩は「志」のバトンを上手に受けたい。(2017.11.4)