あるクリーニング屋さんが言った。「残らない職人の仕事ってのもあるんですよ。着物のしみをきれいに抜いて仕事の跡が残らないようにしなきゃ、私の仕事になりません」。故永六輔さんが聞き書きした談話集『職人』から引いた▼年賀状書きでインクをお気に入りのシャツに飛ばした、なんて失敗は誰でもある。しつこい染みは心の汚点として残る。それがたちまち消えると、心は晴れ晴れで苦い思い出も遠くなる▼「跡を消す」という意味では同じだが、こちらは職人に一切頼まなくていい。割れてもくっつくガラス素材を、東京大の研究チームが開発したという。両方の断面を押しつけると、分子同士が動いて結合する。時節柄、大掃除で大切な器をガチャンと壊しても、「平気、平気」と簡単に修復できる時代が来るかもしれない▼そういえば器の世界に「金継ぎ」という技がある。漆で接着し金粉や銀で装飾する。いわば愛着の繕いと言っていい。壊れたことへの哀切が混じり、器が一層いとおしくなる。かすかに残る傷跡も、それはそれで宝物になる▼さて東日本大震災からの復興は、どんな道筋をたどっているのだろう。癒やしながら、痕跡を残しつつ再生する事業である。記憶はきれいに消せないし、壊れた物も簡単にはくっつかない。(2017.12.16)