森繁久弥さんは生前、「歌は語るように、せりふは歌うように」とよく言った。歌手の加藤登紀子さんは森繁さん自作の『知床旅情』を託された時を覚えている。「『僕と同じで心で歌っているね』と言ってくださった」。本紙の記事から引いた▼歌は心である。世界の音楽に視野を広げれば、ラップもその一つか。メロディーをあまりつけずリズミカルに話すように歌う。ニューヨーク発で、新しい生活スタイルを生み出すヒップホップ文化をDJ、落書き、ブレークダンスなどと共に支える▼中国政府がラップ歌手のテレビやラジオからの締め出しに乗りだしたという。体制批判に結び付くのを恐れ、逆に「不健全な文化」「青少年に悪影響を与える」と攻撃する。怒りの吐露や自由な叫びが許されないのでは若者の鬱憤(うっぷん)もたまろう▼憂さ晴らしなら、この人の右に出る者はいるまい。米国のトランプ大統領である。自分を巡る報道で、事実と異なるとみなしたフェイク(偽)ニュースの大賞11件を発表した。「批判には批判を」のやり口は了見の狭さを露呈しながらも、まだ自由の制限までしていないのが救いといえる▼日本のラップは1980年代より広まった。なぜか体制批判の名曲は生まれていない。『知床旅情』のように口ずさむ時代は来るのか。(2018.1.25)