秋田市の千秋公園の入り口近くに胸像が立つ。お堀の水が凍るほどいてつくこの時季、手編みの帽子がかぶせられ、マフラーが巻かれていた。眼鏡を掛けた男性の表情は心なしか、ほころんでいるように見える▼胸像は、秋田市出身の歌手東海林太郎(1898~1972年)。今年、生誕120年を迎えた。スタンドマイクの前に直立不動で立ち、戦前、『赤城の子守唄』をはじめとするヒット曲で人気を不動のものにした▼波乱に満ちた人生だった。音楽家を目指したものの、父親の反対に遭い、旧満州(現中国東北部)の南満州鉄道に勤めた。歌手デビューは34歳と遅咲き。晩年は病との闘いだった。歌う際の微動だにしない姿勢は、「マイクの前1尺(約30センチ)四方は戦場」の心構えからだった▼千秋公園に近いにぎわい交流館AU(あう)で、ミュージカル「東海林太郎伝説」が公演中だ。どんな歌も真剣に歌い、聴く人に喜んでもらいたい思いを、座右の銘の「一唱民楽」に託した生涯をたどっている▼秋田の先人を題材にしたミュージカルは3年前に始まり、秋田商工会議所などでつくる実行委員会が仙北市の劇団わらび座に制作を依頼している。良質な舞台を気軽に観劇できる。そのことを、秋田の人はもっと誇ってもいい。公演は今月18日まで。(2018.2.6)