海の水平線にマストが見え、やがて船体が姿を現す。昔、舟がかなたに消えてゆくのはそこに傾斜があるからだ、と信じられていた。神話における海神の国と人の国を隔てる境界で、人は「海坂(うなさか)」と呼んだ▼時代小説家の故藤沢周平さん(鶴岡市出身)は数多くの作品で藩の名前に使った。「海坂藩」である。自著『小説の周辺』では<水平線が描くゆるやかな弧をそう呼ぶと聞いた記憶がある>とし、<うつくしい言葉である>と紹介している▼暦が4月に替わった。前の年度は日本海の坂の向こう側に沈んでいった。新年度を迎えたといいながら、人の国には今、さまざまな坂がある。下り坂というより崖から落ちそうなのが安倍晋三首相ではないか。妻、内閣、自民党を背中にしょって、その姿は何とも痛々しい▼小学校で新たに「特別の教科」になった「道徳」はどうだろう。いじめ自殺問題を機にモラルや生命倫理の学びを通じて、「日本を愛する態度」の育成などを目指す。立ち位置で傾斜の角度は違って見えるかもしれない。徳の道である。児童にはどうかなだらかであってほしい▼藤沢さんは色紙によく自作の句を書いた。<軒を出て犬寒月に照らされる>。待ち受ける孤独、寒空、そして光。上り下りの坂を歩む、新しい1年が始まった。(2018.4.1)