<また来ん春と人は云(い)ふ しかし私は辛いのだ 春が来たつて何になろ あの子が返つて来るぢやない>。詩人中原中也が2歳の長男文也を亡くした時に作った『また来ん春…』の一節。<おもへば今年の五月には おまへを抱いて動物園 象を見せても猫(にやあ)といひ 鳥を見せても猫(にやあ)だつた>▼葬儀で中也は愛児の遺体を抱いたまま離さなかった。やがて精神を病んで入院し、退院後しばらくして30歳で亡くなった。自分の命より大切なわが子の死の悲しみはどれほどだったか▼児童74人の命が津波で奪われた石巻市の大川小。遺族が損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が言い渡された。一審に続いて、遺族側の勝訴。津波避難に対応した危機管理マニュアルの改訂を怠ったとして学校の責任を認めた▼「山さ逃げよう」。法廷で遺族は子どもが津波を予見していたと証言した。先生の指示に従った児童たち。しかしマニュアルに避難先の具体的な場所はなかった。判決は「救えた命」と認め、学校現場の防災対策に一石を投じた▼「あの日」まで子どもたちは命を輝かせていた。太陽の光に照らされ、親の愛に見守られ、笑顔だった。だがもう帰ってこない。「失われた命を無駄にしないで」。学校防災の向上につながる判決を望んだ遺族。願いは通じた。(2018.4.27)