「脱獄もの」は映画の一ジャンルとして確立されている。スティーブ・マックイーンが扮(ふん)した将校がバイクで国境を疾走する場面が印象的な『大脱走』、無実の罪で投獄された銀行マンが希望を捨てずに生きる『ショーシャンクの空に』…。高倉健さんの『網走番外地』シリーズを思い浮かべるファンもいるだろう▼主人公は総じてかっこいい。史実に基づく作品も多く、リアルな物語や映像表現に吸い込まれる。だがあくまで映画の世界。実際に身近な場所で起きたら大変だ。愛媛県今治市の刑務所から受刑者の平尾龍磨容疑者(27)が脱走した事件はそのことを実感させた▼23日間の逃走劇。動員された捜査員は延べ1万5500人。潜伏先とみられた広島県尾道市の向島を捜しても見つからない。まさか無人の別荘の屋根裏に潜み、本州の対岸へ泳いで渡ったとは。捜査の盲点を突かれた格好だ▼災難だったのが島の住民。学校では子どもを迎えに来た保護者の車が列をつくった。イベントは中止。人々は戸締まりを厳重にし、緊張した生活を3週間強いられた▼「刑務官にいじめられた」という平尾容疑者。逮捕された姿は情けなく、かっこ悪かった。身勝手な行動でどれだけ多くの人に迷惑を掛けたことか。脱走劇は映画の世界だけにしてほしい。(2018.5.2)