時に無駄な公共事業の代表格のように指弾される多目的ダムだが、「神殺し」をしてでも手に入れたいと、地域を挙げて取り組んだ例もある。奥州市の国道397号を奥羽山脈に向かってゆくと、その胆沢ダムが威容を現す▼完成は2013年の初冬。「これで、胆沢平野1万ヘクタールの水に関する心配事は一切、解消されました」と於呂閇志(おろへし)胆沢川神社の阿部正宮司(81)は言う。神社は今年も4月29日に例祭を執り行い、お札にユキツバキの枝を添えて参拝者に配った▼ダム湖の南岸にそびえる岩山「猿岩」(549メートル)は、この地方の作神様として尊崇を集めてきた。猿岩の南斜面に於呂閇志胆沢川神社の奥宮があり、周辺にユキツバキの群落が広がる。常緑の枝は10キロほど下流の里宮に運ばれ、神の依(よ)り代として善男善女の手に渡る▼この美しい習俗が、ダムの代償として消え去るところだった。猿岩を切り崩し、巨大ダムの堤体材を賄う計画だった。作神様を失うのにも目をつぶる。胆沢平野の水事情はさほどに切迫していた▼1998年、当時の建設省の判断で堤体材は他の山に求めることになった。ダムはめでたく完成し、血を見るのもしばしばだったという水争いも過去の話となった。湖面が光り、やぶにウグイスが鳴く。春耕の時季である。(2018.5.8)