10人余の男女が駅前広場に立つ。手には大きなスーツケース。「1952年秋、私たちはまた(ギリシャの田舎町)エギオンに来た。私たちは疲れ果てていた。2日間眠っていなかった」。ギリシャ映画の巨匠、故テオ・アンゲロプロス監督の名作『旅芸人の記録』(75年)の冒頭シーン▼旅芸人一座を通し、軍事独裁、ナチスドイツの占領など波乱に満ちたギリシャの近代史を描いた。次々と過酷な試練が一座を襲う。時代にほんろうされる姿はギリシャの国そのものを象徴していた▼わが子の死をきっかけに、提訴、控訴と休みなく闘い続けた石巻市大川小の遺族にとってはまたしても苦難に見舞われた思いだろう。同小津波訴訟で石巻市と宮城県が上告する▼組織的過失を認めた仙台高裁判決について市は「津波被害を予見することは専門家でも困難」と主張。遺族は「亡くなった児童74人の命に向き合っていない」と憤る。真実の解明にはまだまだ試練が必要ということなのだろうか▼第2次世界大戦や内戦を経験し「希望の次に絶望が来る時代を生きた」と語ったアンゲロプロス監督。長回しと曇天の下での撮影で描いたのは普通の人々の悲しみだった。訴訟の重い荷物を背負い続ける大川小の遺族。映画の世界さながらに晴れない日々が続く。(2018.5.10)