「再生へ心ひとつに」。毎日配達される本紙朝刊1面の題字の下に書かれている。東日本大震災からの復興にみんなで力を合わせていこうという姿勢を示したものだろう。しかし現実には、そのような気持ちになる前に、争わざるを得ないこともある。
 10月26日に仙台地裁で判決があった石巻市大川小津波訴訟がそうだった。非常に重大な訴訟であり、本紙も手厚く報じた。28日から11月1日まで5回連載した「学校と命 大川小津波訴訟の教訓」では、今回の訴訟の持つ意味を多角的に論じている。

 「津波が来たら、すぐ逃げなさい」。私が学生だった二十数年前、東北大で津波を研究していた首藤伸夫教授(当時)が講義でそう話したと、友人から聞いた。津波の研究者でも「逃げるしかできない」ほど津波とは恐ろしいものなのだと、その時感じた。大震災の津波の後は「津波てんでんこ」がある程度知られるようになった。しかし今でも、日本や世界のどれだけの人が津波の恐ろしさを十分に認識し、その時行動を起こして逃げ切ることができるだろうか。
 大震災の津波の際、釜石市では全児童生徒の99.8%が避難して無事だった。以前から津波避難訓練を地道に重ねてきた結果である。そうしたことを含め、「どうすれば逃げられるか」を伝え続けるのが、あの大災害を経験した本紙の役目だろう。
 秋田市が11月2日に行った津波避難訓練の様子が、翌3日朝刊のワイド東北面で「児童らビルへ高台へ」の見出しで伝えられている。児童らが標高14.2メートルの墓地公園へと駆け上がる写真がある。「地震があったら戸惑うかもしれないけれど、訓練を生かして高台に避難したい」という児童の素直な感想が良かった。
 津波が来たら、より高くへより遠くへ逃げる。知識はあっても意識から消えやすい。あらゆる人が忘れないよう、分かりやすい啓発の言葉を新聞に掲載し続けてはどうだろう。例えば前述の「津波てんでんこ」である。

 木質ペレットを使ったガス化小型バイオ発電導入に向けて、福島県棚倉町の藤田建設工業がドイツの会社と共同研究の覚書を締結した(10月19日朝刊経済面)。秋田、由利本荘両市境付近に建設した「コープ風力発電所」が運転を開始した(同)。どちらの記事にも、福島第1原発事故を受け、再生可能エネルギーの普及推進を目指すのだという思いがにじんでいるように感じられた。
 11月3日朝刊のワイド東北面では、福島県飯館村で水田を牛の放牧地に活用する試験が進んでいるという話題が紹介された。除染後の土から牧草や牛への放射性物質の移行があるかないかを継続的に調査し、被災地の農業再生策として提案したいという。
 震災後、東北各地、さまざまな分野で、人々が過去から学び、未来へ向けて前進している様子が、これらの記事から伝わってくる。
 「再生へ心ひとつに」。言葉の持つ力を信じたい。