完璧じゃない。だから、悩みながらみんなと歩む。そんな強さが二つの連載に共通して見えた。
 「病棟のお坊さん 生と死に向き合う」。12、13日の朝刊社会面で、東北大病院緩和ケア病棟の臨床宗教師、金田諦晃さんの活動が紹介された。臨床宗教師とは、医療機関や福祉施設などで、布教を目的とせずに心のケアに当たる宗教者である。東日本大震災を機に、養成講座が全国に先駆けて東北大に設置された。
 記事は、僧侶の金田さんが心のケアを志すまでの経緯と、病棟での体験に焦点を当てている。医療チームに宗教者が加わり、患者の心の痛みに耳を傾けている画期的な光景は、読者の目にどう映っただろうか。記事中の「スピリチュアルなケア」はなじみのない言葉だけに、説明も少し欲しかった。続報にも期待したい。
 朝刊くらし面に11日から13日まで連載された「保健室からのまなざし 宮城・被災地の小学校で」も、示唆に富む内容だった。
 「保健室を心の安全基地に」と努める養護教諭が、子どもたちの繊細な気持ちに寄り添う。彼らの発するサインはさまざまだという。それを見逃さない養護教諭の敏感さ、根気強さが、丁寧な取材と筆致から伝わってくる。特筆すべきは、教職員同士や自らのケアについても述べられていることである。誰かを援助する立場の人こそ、心身のケアが不可欠だ。この点が広く認知されることを願う。

 宮城県の観光PR動画が「品位を欠く」と批判を呼んでいる。15日朝刊社会面で報じられた。批判の多くは性的な表現に向けられているが、18日夕刊「河北抄」は、海中の竜宮城になぞらえ「涼(りょう)・宮城(ぐうじょう)の夏」と題したことに対し、こう疑問を投げ掛けた。「東日本大震災から復興途上にある被災県が売り込む観光戦略としては…」。ハッとした。
 海はそこに生きる人々の祈りの場でもある。23日朝刊18面(サンデー欄)の「里浜写景」、塩釜みなと祭の美しさに息をのんだ。みこしを載せた鮮やかな御座船が行く。海の深い青、白波、ひるがえる大漁旗。「勇壮な大船団 浜人奮い立つ」の見出しが秀逸だ。
 海の日を含む3連休前日の14日。朝刊社会面に、被災3県の今夏の海開き状況が示された。掲載のタイミングが良く、地図が見やすかったので、多くの人を海水浴場へといざなったに違いない。波打ち際で遊ぶ子どもたちのはじける笑顔が15日夕刊、16日朝刊と続けて紙面を飾る。宮城県七ケ浜町の菖蒲田浜。南三陸町のサンオーレそではま。いわき市の薄磯海岸。いずれも震災後ようやく念願の本格再開がかなった浜である。

 故郷の豊かな資源は、先人が過去から積み重ね、私たちが未来へ手渡すものだ。「震災からの再生」という視点を失わない本紙からは、「この瞬間をとらえ、つなぐ」というぶれない軸を感じる。刻々とかたちを変える東北の姿を、今後も伝えてほしい。ここにある「今」は、決して当たり前のものではない。