東日本大震災から6年になるのを前に、被災地では七回忌法要が始まっている。
 もとより犠牲者を悼む気持ちに区切りなどあるはずもないが、供養の大きな節目を迎えて、震災の犠牲を見つめ直す厳粛な空気が被災地を覆っているようだ。
 「どれだけ怖かったか、悔しかったか…。無念の死が問うところをいつまでも語り継ぎます。このまま忘れ去られるわけにはいきません」
 会社員の息子を東日本大震災の津波で亡くした母親は、復興事業で姿を変える宮城県女川町の被災現場に立ち、涙を浮かべながら訴える。
 遺族や関係者にとって、七回忌は「なぜ犠牲を防げなかったのか」「救えた命だったのではないか」との問いかけを、自らと地域や社会に向け直す節目になっている。
 「同じ犠牲を繰り返さないでください」「震災を教訓にして備えを確かめて」。そこから発せられる呼び掛けはいつにもまして重く響く。
 児童と教職員84人が犠牲になった石巻市大川小の被災校舎では、昨年末から、遺族らが定時案内に立ち、当時の様子を語る活動を始めた。
 遺族や有志でつくる「大川伝承の会」共同代表で、次女を亡くした佐藤敏郎さん(53)は「つらいことだが、私たち自身があの日の出来事としっかりと向き合い、訪ねてくる全国の皆さんと一緒に考えていきたい」と話す。
 訴訟で責任が問われた教員側の遺族が、児童側の遺族と思いを通わせ、現地案内に立つ動きも始まっている。
 5年、6年の歳月を経て、悲嘆や非難を超えた次元で犠牲の重みを分かち合い、伝承の誓いを発信する地平が開け始めたとも言えるだろう。
 3.11に向けてこれから被災地の歩みが検証され、復興の未来がさまざま展望されることになる。被災地にとどまらず東北、日本のあすを問う大切な過程だが、1度の災害で2万人近くの命が奪われた震災の核心を土台に置くことを忘れてはなるまい。
 津波被災の脅威をきちんと振り返り、生死を分けた避難の明暗に思いを深め、次なる被災に備えることはなお最重要のテーマであり続ける。
 災禍を間近に経験したわたしたちには、あの日を「忘れない」ための努力が一層求められているのであり、風化の懸念が現実になりつつある今がまさに正念場になる。
 「想定だけでは命は守れなかった」と悔いを吐露する関係者がいる。「自分の責任でより高く遠くへ逃げることが全て」と訴える遺族がいる。
 記憶がぼやけ、記録に触れる機会も少なくなる中で、身近にあるつぶやきにもう一度深く耳を傾けてみたい。
 家庭や地域や職場で語り合い、無念と悔恨を引き継ぐ。
 足元で教訓を共有し、外に向けて備えを呼び掛ける。
 七回忌、それが最大の供養になるはずだ。