新技術が登場する度に「女性の権利」と「命の選別」を巡って論争が巻き起こる。生殖医療の世界の常とはいえ、今回はとりわけ慎重な議論を求めたい。不妊治療の新たな扉が開いた途端、昨今の危うい風潮と相まって、差別が助長されるようなことがあってはならない。
 日本産科婦人科学会(日産婦)が臨床研究の開始を決めた「着床前スクリーニング」である。人工授精させた受精卵の染色体に異常がないかを調べ、正常なものだけ子宮に戻して出産を試みる。
 日産婦は2013年、妊婦の血液から胎児の異常を調べる新型出生前診断の臨床研究を始めたが、着床前スクリーニングはそれとは異なり、染色体の数によって受精卵を着床させるか否か、ふるい分けるのが特徴だ。
 受精卵の染色体数は通常22対とXY性染色体の計46本。21番染色体が1本多い「ダウン症候群」や性染色体が1本少ない「ターナー症候群」など、染色体数に過不足のある受精卵は事前に排除されることになり、これまで日産婦は「産み分け」につながる恐れがあるとして、指針で禁止してきた経緯がある。
 方針転換は欧米で近年、流産の減少や妊娠率の向上に効果があるとの報告が相次いでいるのがきっかけだ。
 国内では、不妊に悩む30~40代の女性が増え続けている。加齢とともに「卵子の老化」と呼ばれる変化が起き、受精しても染色体数に異常が生じて着床しなかったり、流産しやすくなったりする。
 着床前スクリーニングを望む声は確かに強まっており、「有用性があるかどうか、日本人のデータを持って、考えなければならない時代になった」(苛原稔・日産婦倫理委員長)ことは否定できない。
 しかし、出生前診断などの研究をリードしてきた実績を持つ慶応大は今回、やはり生命倫理上の観点から臨床研究への参加を見送り、日産婦より厳格な基準で研究を実施する方針を決めた。
 日産婦の集計では、14年の体外受精の件数は10年前の約3倍に当たる39万3745件に上り、4万7322人が誕生。21人に1人は体外受精で生まれた計算になる。
 国内の不妊治療施設は既に600カ所を超え、世界屈指の過当競争状態。日産婦の臨床研究は6施設に限定するとしているが、差別化を図りたい施設側からは解禁を求める圧力が常にある。
 臨床研究を主導する日産婦が一枚岩になれない中、一部のクリニックなどが、なし崩し的に着床前スクリーニングを始める可能性もある。
 この社会に潜む優生思想の根深さは、相模原市の障害者施設で昨年、入所者19人が殺害された事件によって思い知らされたばかりだ。命を生み出す技術なればこそ「差別」が入り込む余地がないか、目を凝らす必要がある。