「憲法改正の議論を盛り上げることこそ、新しい時代を切り開く精神につながる」。安倍晋三首相はきのうの衆院決算行政監視委員会で改憲の決意を問われ、こう訴えた。
 自民党総裁として憲法9条に自衛隊の存在を付記する改憲案を提起した首相の冗舌ぶりと比べて、目立つのは党内の不気味なほどの静けさだ。
 自民党は党憲法改正推進本部での議論を始め、年内にも改憲案を取りまとめる方向という。表向きは議論百出を演出したいのだろうが、党内を支配するのは沈黙だ。首相が唐突に言い出した改憲論をまるで「金科玉条」と受け止めているような空気が漂う。
 推進本部の人事には「改憲ありき」の意図がにじむ。二階俊博幹事長、細田博之政調会長らが顧問に加わったほか、本部長補佐には下村博文幹事長代行が就いた。
 下村氏らは首相に近く、今後の論議に首相の意向が反映されるだろう。憲法審査会で幹事などを務め、野党との接点を探ってきたメンバーは残るものの、改憲案を急ぐための政略人事の色彩が濃い。
 目指すのは与野党協調路線との決別だ。首相が連携を想定するのは「加憲」の公明党、教育無償化を改憲の軸に掲げる日本維新の会であろう。
 野党の存在は歯牙にもかけず、数の力で改憲へ突き進むかのよう。これまで積み上げてきた論議の伝統を覆そうという狙いが透けて見える。
 政権復帰後の2013年、改憲の発議要件を定めた96条の緩和に言及。非難を浴びると、14年には大災害や武力攻撃を受けた際に国会議員の任期延長などを認める緊急事態条項の新設を持ち出した。
 自民党は緊急事態条項を巡り、12年にまとめた憲法改正草案で政府に権限を集中させる内容を中心に条文化。野党からは「人権が過度に制限されかねない」との批判が根強く、議論は進んでいない。
 見計らうように繰り出したのが、9条の1、2項を残したまま自衛隊の存在を加える案。国防軍の保持を盛り込んだ12年草案とは全く異なり整合性はない。総裁自らが党を頭越しにした形だ。
 期限を20年施行と区切ったことも、専横的な振る舞いと言えまいか。石破茂元幹事長は「改憲草案は長い時間を議論し、4度の国政選挙も経た。それをなおざりにして議論を変えるのは正しくない」と批判するが、論議が広がる気配は感じられない。
 野党側からは憲法に自衛隊の存在を明記すれば、限定的容認にとどまる集団的自衛権が全面的に行使可能になりかねないとの懸念が上がる。
 集団的自衛権の行使を可能にする安全保障法制の議論の際にも、安倍1強体質に異論を封じ込まれた。「物言わぬ自民党」のままなら健全な改憲論議など望むべくもない。
 議員一人一人が党内民主主義の危機を直視し、首相に反問すべきだ。