厳粛であるべき法廷内で、なぜ前代未聞の凶行がいともたやすく起きてしまったのか。仙台地裁であった切り付け事件が波紋を広げている。
 宮城県迷惑防止条例違反(盗撮)の罪に問われた被告の男(30)が刃物を振り回し、傍聴席の警察官2人の顔や背中にけがを負わせた。
 あってはならない不祥事であり、地裁は再発防止に全力を注ぐべきだ。
 被告は保釈中で、判決公判の当日は衣類のポケットに5本のナイフ、カッターを隠し持ったまま入廷できた。懲役1年の実刑を言い渡され、突然逆上。「でたらめ裁判だ」と叫び、暴れだしたという。
 事件を受け、最高裁は全国の地裁、高裁に通達を出し、「被告らの日頃の言動や人間関係の情報収集」に言及した。さらに、施設上の管理対策として危険が否定できない事件では、金属探知機の導入を検討するよう指示した。
 安全の確保が第一であることは言うまでもない。
 裁判所内でのトラブルは少なからず発生している。今年3月には大阪地裁の廷内で女性被告が包丁を所持していたことが判明し、処罰された。
 被告が証人に暴力を振るったり検察官を威嚇したりする例も珍しくない。利害がぶつかる法廷は、人の怒りや憎しみが渦巻く場でもある。
 しかし、高裁が入る全国の裁判所で常時、所持品検査を実施しているのは東京など一部。仙台地裁は暴力団関係者が絡む事件の公判で月に1、2件しか行っていなかった。
 その理由は「裁判の公開」の原則に重きを置いているためだ。誰もが自由に傍聴できる「開かれた法廷」は、裁判所制度の立脚点であり司法の独立性の根拠となってきた。
 最高裁の寺田逸郎長官も「裁判の公開という理念を脅かしかねない事態だ」と現場への影響に憂慮を示す。
 とはいえ「裁判の公開」と「法廷の安全」は、両立できない課題ではあるまい。
 仙台地裁は事件後、当面の措置として、保釈中や在宅起訴された被告全員を対象に所持品検査を行っている。
 安全を徹底するなら、被告だけの検査で実効性は十分とは言えない。先日あった地裁、仙台地検、宮城県警の3者による法廷警備の協議でも入庁者全員を対象とした検査を求める意見が多かった。
 一方で、プライバシー侵害の恐れもある警備強化に、弁護士らから慎重さを求める声が上がるのは無理もない。
 行き過ぎは正されるべきだが、法廷の安全は、庁舎に出入りする人たちの良識と信頼の上で、かろうじて保たれているのが実態ではないか。
 裁判所は、今回の事件を契機に、弁護士会や一般市民の意見も十分に聞いて地域の実情を踏まえた安全対策の議論を深めてほしい。
 「開かれた法廷」の具現化は、そこから改めて始まるのではないか。