「核兵器なき世界」の実現に向け、画期的な一歩が刻まれたと言えよう。
 国連で採択された「核兵器禁止条約」のことである。使用、保有を含め核兵器を包括的に禁止する史上初の国際法規。どのような状況下でも二度と使われないようにすることが最大の目的だ。
 広島、長崎に原爆が投下されて72年。禁止条約は被爆者らの悲願だった。「同じ苦しみを、どの国の誰にも味わわせてはならない」と粘り強く訴え、取り組み続けてきたことが国際社会を動かした。
 「ヒバクシャの受け入れ難い苦しみに留意する」と、条約前文に明記されたことが、その証しといっていい。
 米英仏中ロの核保有五大国や、日本を含む米の「核の傘」に依存する国々は条約の制定交渉には参加しなかった。そのため、条約の実効性に疑問の声があるのは事実だ。
 もとより、核廃絶の道のりは容易ではない。険しく厳しいことに何ら変わりはない。
 もっとも、留意すべきは国連に加盟する193の国のうち、122もの国が採択に賛成したことだ。世界の6割を超す国々が示した核廃絶への意志は重い。その潮流が勢いを増せば、核保有国も無視できなくなるに違いない。そう指摘しておかねばならない。
 条文には「平和、軍縮教育を普及させ、現代および将来の世代に核兵器の危険性を再認識させる」という一項がある。将来をも見据えた教育の必要性と重要性をうたう。
 一方では、核抑止力を意味する「核を使用するとの威嚇」をも禁止の対象とした。
 大量の市民を無差別に殺傷する兵器に安全保障を依存するのは、責任ある国のすることなのか-。核保有国や同盟国に対し、そのよりどころである「核抑止論」を真正面から厳しく問うてもいる。
 制定交渉で交わされたそうした議論にさえ背を向けた国の一つが、唯一の戦争被爆国・日本である。
 核廃絶を唱えながら、北朝鮮の核・ミサイルの脅威から米の「核の傘」に頼る安全保障を優先した。条約に「署名することはない」と表明したことにも失望させられた。
 この条約の採択で、何が変わるのか。端的に言えば、核兵器は違法な非人道兵器と断ぜられ、「悪」のレッテルを貼られるということである。
 この条約を批准する国の市民はもちろんのこと、核保有国やその同盟国の市民の間にも、「核は違法で悪」との規範意識が今後、じわじわと広がりを見せる可能性を誰も否定はできまい。
 条約の批准国が増えることは、核廃絶に一歩ずつ近づくことであり、そのことは、停滞する核軍縮の進展に向け、特に米ロの背中を押すことにもつながり得る。
 理想の実現に向け世界の市民と連携しつつ、被爆国の市民は自国の条約批准を目標に決意を新たに行動したい。