奥山恵美子前仙台市長の退任に伴い、宮城県市長会長職務代理者に佐藤昭塩釜市長がきのう、選ばれた。奥山氏の任期が来春まで残っているためで、改めて新会長を選ぶ。
 従来の慣例に従えば、初当選した郡和子仙台市長が新会長に就く運びだったが、異例の人事となった。10月に決まる、仙台市長が代々務めてきた東北市長会長には、郡氏を推薦するという。
 仙台市長が県市長会のトップに就いてきたのには、政令市の重みや歴史的な経緯などがあったはずである。見直すならば、明確な「大義名分」があるべきなのに、今回の人事はそれがうかがえない。
 表向きの理由は分権の時代を迎え、仙台市長のあて職を見直す契機にしたいということらしい。ただ、これまでも問題提起の機会があったにもかかわらず、なぜ今なのか。郡市長自身が不満を漏らしたのは当然だろう。
 郡市長は元民進党衆院議員で、共産を含む野党共闘の形で市長選に臨み、自民、公明両党などが推す候補に競り勝った。この与野党対決の構図を引きずっているようだ。
 本人の手腕や政策に疑問符が付くというのであれば、交代の理屈も成り立つ。ただ、22日に就任したばかりで、今は市政の方向性すら見えてこない段階にある。
 しかも、郡市長は市長選後に、「ノーサイド」を宣言。市議会で最大会派の自民党や、対立候補を全面支援した村井嘉浩宮城県知事とも融和的な姿勢を示している。
 一部市長から「郡さんが会長になれば、国に要望しても届かない」と懸念する声が上がっていたという。「野党系」という理由で外されたというのであれば、郡市長を選んだ民意はどうなるのか。県市長会の見識が問われよう。
 そもそも与党、野党系という色分けで、政府が予算の「さじ加減」を変えるという態度なら、行政の中立性からいって由々しき問題である。野党共闘に危機感を持つ安倍政権への忖度(そんたく)、すり寄りと見られても仕方があるまい。
 ましてや、東日本大震災の被災地は復興途上にある。まだまだ解決すべき課題は多い。政府に対して直接要望を伝えるのは、与党も野党も関係ないはずである。
 仙台市は復興住宅の整備などハード面の復興に一段落付いており、他の被災自治体は力を貸してほしいと願っているに違いない。県市長会長というポストは「先導役」としてうってつけではないか。
 東北の市長たちも、仙台市長に期待する声は少なくない。政令市として経済振興、観光、防災などのけん引役に期待している。東北市長会長はこうした声を踏まえて、国に物申す立場にある。
 仙台市長のポスト独占に不満を抱く市長もいるだろうが、「野党系だから」というご都合主義では将来に禍根を残すことになりかねない。