過重労働への社会の厳しい視線が実現させた裁判と言えよう。一人一人の働き方を問いただす契機としたい。
 広告大手電通の違法残業事件で、労働基準法違反の罪に問われた法人としての同社の初公判がきのう、東京簡裁で開かれ、山本敏博社長は起訴内容を認め、謝罪した。
 2015年12月に新入社員の高橋まつりさん=当時(24)=が、過労自殺したことに端を発した「電通事件」。
 起訴状によると、電通はまつりさんら新入社員4人に、労使協定(三六協定)が定めた月50時間を超えた、時間外労働をさせたとしている。
 検察側は当初、書類送検された同社幹部ら計6人を起訴猶予とし、法人を略式起訴した。しかし簡裁は今年7月、略式処分を「不相当」とし通常の公判を開くと決めた。
 検察の略式手続きの判断に簡裁が「待った」をかけたケースは異例だ。複雑で実態がつかみにくい大企業内の違法労働の解明を公開裁判で行った意味は重い。
 満席の法廷で証言台に立った山本社長は、まつりさんの過労自殺について「申し訳なく思う。二度と繰り返さないことが私の最大の責務だ」と決意を述べた。
 電通は1991年にも男性社員が過労自殺し、最高裁が会社側の責任を認めた。まつりさんが亡くなるまでの約10年で、労働基準監督署から違法な残業を指摘され、5回の是正勧告を受けている。
 まつりさんの残業時間は、月80時間の「過労死ライン」を超える105時間だった。
 教訓は生かされず、労働環境は一向に改善されなかった。古い企業風土や仕事の慣行を変えるために何が必要なのか。検察側は論告で「問題改善と逆行する小手先だけの対応に終始した」と厳しく指弾した。
 求刑は、罰金50万円だった。即日結審し10月6日に判決が出る。結果は略式起訴と同じかもしれないが、この公開の裁判を電通だけの問題にとどめてはなるまい。
 過重労働は他の多くの企業が抱えている共通の課題である。トップの意識改革にとどまらず、全社員が、働く意味を見つめ直す必要があろう。
 公判を傍聴したまつりさんの母幸美さん(54)は「公の裁判で電通の法律違反が裁かれたことは感慨深いものがあった」と述べた。
 「電通事件」は政治や経済界に波紋を広げ、国の働き方改革の議論に火を付けた。
 政府は今月、長時間労働抑制策や非正規労働者の待遇改善を目指すことなどを柱にした「働き方改革」関連法案の要綱をまとめ、臨時国会に提出する予定だった。
 しかし、衆院解散の見通しとなり、提出は先送りされる。最重要法案とされていただけに議論の遅れは残念だ。選挙戦で各党、候補者がこの問題でどんな主張をするのか。有権者は耳を傾けてほしい。