安倍晋三首相が衆院選で是非を問うとして挙げたのは、消費税の使途変更である。
 税率を10%に引き上げることで生じる5兆円台の財源のうち、国の借金(国債)穴埋めに充てるはずの約2兆円を政権の新たな看板「人づくり革命」に転用したいという。
 3~5歳児の幼稚園・保育所無償化をはじめ、32万人分の保育受け皿整備の前倒し、介護人材の処遇改善といった政策が並ぶ。多くの国民はそれらの実現に異を唱えまい。
 だが、代償は重い。借金返済分を充てるのだから、その分、財政健全化は遠のき、借金の残高も膨らみかねない。子育て世代が受ける教育無償化といういわば選挙の「ばらまき」のつけが、その子どもたちに回ると言ってもいい。
 先進国で最悪の日本財政がさらに悪化すれば、破綻リスクが顕在化しても何ら不思議はない。それこそ「国難」である。許し難いほどに、その危機感が政権には希薄だ。
 いま想起したいのは、なぜ消費税が増税されるのか、その出発点。社会保障と税の一体改革を巡る5年前の旧民主、自民、公明の3党合意だ。
 少子高齢化に伴い膨らむ社会保障の負担を国債で賄って将来世代につけ回すことをやめて制度充実も図るため、安定財源を確保するのが目的だった。時の政権にとって難題の増税を「政争の具」にしないための仕掛けでもあった。
 だから、増税分の使途変更などは本来、3党で、国会で議論すべきテーマである。
 もっとも、安倍政権は14年衆院選、16年参院選と2度にわたって税率10%アップの延期を争点に戦いを仕掛けた。消費税増税を「政争の具」にしたことで、3党合意は事実上崩壊したと言っていい。
 その首相が、新看板政策の手だてとして社会保障の「全世代型」転換をうたい、見送ってきた増税を利用しようというのだから虫が良すぎる。
 だが、そのことは、消費税に限らず所得税や法人税を含む税と、社会保障に関する改革の必要性が、3党合意のとき以上に高まっていることの証しではないか。
 人づくり革命施策の一つ、低所得世帯の大学生らを対象とする給付型奨学金の拡充のような格差是正策・貧困対策は充実させねばならない。一方で団塊の世代が、75歳以上になり医療・介護費が急増する2025年問題をどう乗り切るかといった課題もある。
 社会保障制度の新たな設計図を描き、税と共に果たす再配分機能を活用して、持続可能な共生社会の仕組みをいかに再構築するか。むろん、財政再建を図りながらである。
 いま、政治に求められているのは、そうした社会保障と税の新たな改革像づくりではないか。改革には、負担は増す一方で給付は減るといった「痛み」も伴う。その議論を避けることなく、あるべき改革像に迫る与野党による骨太の論戦を期待したい。