被災者に寄り添うことの容易ならざるを思い知らされる幕引きである。
 東日本大震災のがれきの中から見つけ出した品々を持ち主や遺族の元に返す陸前高田市の取り組みが、11月末でひとまず終了した。
 自治体事業である以上、期限に定めがあるのはやむを得ないことかもしれない。一方で私たちは、平時の財政ルールでこの震災は乗り越えられないとの思いを等しくしていたのではなかったか。
 そもそも思い出の品を保管、返却する業務は、通常の行政事務から大きく懸け離れており、どの部署の所管なのかが震災直後から問題になっていた。早々に事業に区切りをつけ、焼却処分にしてしまった市町村も少なくない。
 陸前高田市の場合は、一連の業務を一般社団法人「三陸アーカイブ減災センター」(釜石市)に委託。国の緊急雇用創出事業から補助金を得て運営してきた。この判断が息の長い取り組みを実現するのに役立った。
 美容室、診療所など市民が集まりやすい場所にリストを置いたり、県内外で返却会を催したりして民間ならではの工夫で実績を重ねている。
 とりわけ興味深いのは、本年度実績が前年度を上回っている点だ。本年度上期は写真だけで2000枚を返却しており、拠点施設を訪ねる人は前年度より増えていた。
 この事実が意味するところを、よくよく考えたい。
 震災から6年8カ月以上を経てなお、多くの人々が癒えない心の傷を抱えて日々を過ごしている。ここにきての返却実績の伸びは、被災者がようやく過去や悲しみを直視する気持ちになれたということだろう。
 思い出の品を手元に置きたいと思えるようになるタイミングは人それぞれ。返却事業が役割を果たすのは、むしろ復興後期のこれからだ。
 そう考えたからこそ陸前高田市は国庫補助が終了した後の本年度、事業継続の財源を求めて「心の復興」事業に応募した。しかし復興庁は、事業趣旨に合致しないとして、これを退けている。
 震災から10カ年の復興事業が折り返しを迎えた時、復興庁は「今後は被災者一人一人の心のケアに重点を置く」として「心の復興」事業を起案したのではなかったか。
 「心の復興」事業の具体例に復興庁は「休耕地を活用した農作業」「観光客に対する漁業体験」などを列記した。どこか実利を求める気配が漂う事業ばかりだ。震災を乗り越えて前に進む意欲を表明しないと補助しないかのようである。
 あえて抽象的な事業名にしたのは、それぞれの被災地で異なる復興の形に寄り添う意思の表れだったはずだ。そうであるなら、運用も現場の裁量に任せたらどうか。「心の復興」とは何か。復興庁には原点から再考してほしい。