「言論の府」が制度疲労にむしばまれているのではないか。今年の国会を巡る動きを振り返ると、その懸念を強くする。来年こそ、国会改革に本格的に取り組むべきだ。
 今年は異例ずくめだった。まず、安倍晋三首相と野党党首が基本政策を議論する党首討論が、「年間ゼロ」に終わった。
 最後に開かれたのは昨年12月で、2000年に創設されて以降初めてのことだ。00年は年8回開催されたものの、その後は減少傾向にあり、昨年は2回だけ。制度の形骸化がうかがえる。
 本来であれば、国会論戦のひのき舞台になるはずだが、野党にとっては審議時間が計45分間と限られているのが難点だ。長時間にわたって、安倍首相を追及できる予算委員会審議を優先する野党の思惑があったのも確かだろう。
 「森友学園」の国有地払い下げ問題や、「加計(かけ)学園」の獣医学部新設問題が背景にあったのは言うまでもない。
 時間の制約が壁になるならば、拡大したらいい。原則月1回とする14年の与野党合意にこだわらず、柔軟に対応することも検討すべきだ。せっかく導入したのだから、審議の充実に生かすよう改善していくのは当然だ。
 自民党が10月の衆院選で大勝した結果を踏まえ、特別国会での質問時間の配分見直しを野党側に迫ったのも異例と言えよう。
 質問時間については国会法などには規定がない。このため、衆院では旧民主党政権以降、与野党の配分は「2対8」が慣例だったが、「3対7」が相場になりつつある。
 「安倍1強」と言われる中で、監視機能を働かせる国会の責任は大きい。とりわけ、対峙(たいじ)する野党の役割は一段と重要になってきている。その質問時間を削るという姿勢は国会の活性化に逆行する、と言わざるを得ない。
 答弁する側にも問題がある。例えば「共謀罪」法案を巡る通常国会の審議では、当時の金田勝年法相に代わって、出席した官僚らが度々、「助け舟」を出す形で答弁するケースが目立った。
 さらに言えば、用意された答弁資料を棒読みしている閣僚がほとんど。官僚は極力事務的、技術的な答弁に限るべきである。閣僚は政治的テーマについて、自らの見識を披歴すべきだ。
 追及する野党側にも努力を求めたい。質問内容が重複する場面が散見される。時間を効率的に使い、議論を深めてほしい。そのためには各党の役割分担も必要ではないか。
 何よりも野党が憲法53条に基づいて要求した臨時国会の召集を3カ月間も棚ざらしにした揚げ句、安倍首相が突如、衆院解散に踏み切ったことが象徴的だった。国会軽視と言われても仕方あるまい。
 内閣のおごりを正し、緊張感をもたらすための国会改革が不可避ではないか。